SaaSベンチャーで働くエンタープライズ部長のブログ

SaaSベンチャーでエンジニア→プロダクトマネージャー→エンタープライズ部長として働いています。

不確実性を乗り切るための意思決定と情報理論-事業開発の観点から-

プロダクトマネージャーからエンタープライズ部長へとキャリアチェンジしましたが、その時に「意思決定してきた経験が役に立った」と書きました。

意思決定について、考えた時、情報理論統計学、そして流行りの機械学習の考え方が役に立っています。今日は自分がどのように情報理論の考え方と、現実の意思決定を活かしているかを言語化してみようと思います。

情報理論エントロピー

情報理論は、情報の伝達、処理、および保存に関する数学的な研究です。1948年にクロード・シャノンによって創始され、主に通信とデータ圧縮に関連する理論的な側面に焦点を当てています。この理論は、情報の量を「エントロピー」として定量化して定義します。

エントロピーは、情報の不確実性や予測不可能性の度合いを測る指標です。エントロピーはあるメッセージが持つ情報量を示し、エントロピーが高いほど、メッセージには多くの情報が含まれ、予測が難しくなります。逆に、エントロピーが低いと、メッセージは予測可能であり、情報量が少ないことを意味します。

 H(X) = -\sum_{i=1}^{n} P(x_i) \log_2 P(x_i)

エントロピーは数式で表すとこうなりますが、読み解かなくても構いません。

例えば、コイン投げの結果を考えてみましょう。コインは表か裏のどちらかしか出ませんので、結果は予測しやすく、エントロピーは低いと言えます。しかし、多くの選択肢を持つサイコロを振る場合は、結果を予測するのが難しくなり、エントロピーは高くなります。

アイスの売上を上げるためにどうするか?

このエントロピーは不確実性を図る概念であり、意思決定にも使われます。原始的な統計モデルである決定木の話をします。決定木(分類木)とは、集まった情報を分類してエントロピーを低減することで予測を行う統計モデルです。

例えば、アイスクリームの売上が高い日かどうかを分類する問題における決定木の使い方を示します。この例では、特定の日が「売上が高い日」か「売上が低い日」かを分類するモデルを構築します。

目的変数として、アイスクリームの売上が「売上が高い日」または「売上が低い日」。特徴(説明変数)としては「気温」、「天気」、「曜日」などが考えられます。

などがあり得ます。過去のデータとして、上記のような気温や天気の日に売上が高かったか低かったかというデータがあるとします。エクセルデータの列に「気温、天気、曜日、アイスクリームの売上」が並んでいるイメージです。

決定木では各特徴について、どの説明変数が売上に最も大きな影響を与えるかを評価します。例えば、気温が25°C以上かどうかが最も重要な要因であるとすると、気温を基準にデータセットを分割します。このプロセスを図示すると以下のようなイメージです。

決定木はどの変数が最も良いか、また変数が数値である場合どの基準で切るのが良いかを計算します。その計算の指標として一般的に使われるのがエントロピーです。実際に数値を当てはめて計算してみましょう。

売上データ全体のエントロピー

売上データ全体には10件の記録があり、そのうち6件が「売上が高い日」、4件が「売上が低い日」とします。この場合のエントロピーは以下式で計算できます。

X = H(\text{初期}) = -\left(\frac{6}{10} \log_2 \frac{6}{10} + \frac{4}{10} \log_2 \frac{4}{10}\right)

気温による分割後のエントロピー

気温25°Cを分割点とします。分割後、気温が25°C以上のグループには8件の記録があり、そのうち6件が「売上が高い日」、2件が「売上が低い日」とします。

気温が25°C未満のグループには2件の記録があり、そのうち0件が「売上高い」、2件が「売上普通または低い」とします。

 Y = H(\text{気温} \geq 25 ℃) = -\left(\frac{6}{8} \log_2 \frac{6}{8} + \frac{2}{8} \log_2 \frac{2}{8}\right)

 Z = H(\text{気温} \lt 25 ℃) = -\left(0 \log_2 0 + \frac{2}{2} \log_2 \frac{2}{2}\right)

それぞれのグループのエントロピー比較

それぞれのグループのエントロピーは、

となります。この例では、気温25°Cを分割点とすると、分割後の両グループのエントロピーが初期データセットエントロピーに比べて低くなります。特に、気温が25°C未満のグループは完全に純粋(エントロピーが0)で、不確実性がない。「売上は低い」と予測できます。

気温が25°C以上のグループでは、まだ「売上が高い日」と「売上が低い日」の両方が存在しますが、エントロピーが低減されています。

「不確実性=エントロピーを小さくする」ことで意思決定の精度を高められる

アイスの売上を上げるには

では、「アイスの売上をあげること」を事業開発ミッションとして持たされた場合どうするでしょうか。とにかく頑張る、それも一つの方法です。けれども、事業開発としての動きを考えるならば意思決定の精度を上げて、作戦の質を高める必要があります。

決定木の情報をもとにすると、気温25℃以上ある日はアイスの売上が上がることがわかりました。「気温25℃以上ある日は頑張ってたくさん売る」。これは確からしい解でしょう。

気温25℃未満の場合は、頑張って売ることが本当に正しいのかを検討する必要があります。データから今のラインナップでは高い気温でないと売れないということが分かった。ならば売上を高めることにリソースを割くのではなく、低い気温でも売れる商品の開発を検討する余地はないでしょうか。

アイスのラインナップを増やすことでもいいですし、「アイスの売上を上げること」というミッションでも、目的をよくよく考えると嬉しいことは売上の増加であるなら、今のアイスしか売ってはいけないというルールはないはずです。かき氷でもいいし、タピオカでもいいかもしれません。

DALL-Eに描いてもらった「決定木に基づいて気温が25℃以上ならアイスを売り、気温が25℃未満なら商品開発をする」絵

データをもとにした意思決定で「条件による分岐で気温によって作戦を変える」ことが成り立ちます。ここで念頭に置いていることは「不確実性=エントロピー」を下げられる条件を探索することです。気温を条件としましたが、他にも天気、曜日、イベント、場所などの他の条件ではどうか、エントロピーをより下げられる条件はないかを検討することで事業開発の意思決定に影響します。

 事業開発とは、不確実性を下げられる情報を探索しながら意思決定すること

究極的に言うならば、事業開発の仕事は2つだけで情報収集と意思決定です。情報収集はどんな情報でもいいわけではなく「意思決定の役に立つ、即ち不確実性(エントロピー)を下げられる情報」の収集です。不確実性を下げた領域で精度が高い意思決定をしていくこと。そして、どうしても不確実性が下がらない状況でも意思決定をして事業を前に進めることが事業開発の仕事です。

エンタープライズ事業を牽引するとき、セールス組織を業界カットにしました。また、「インダストリー x ソリューション」を可視化することでどの業界にどのソリューションが有効なのかを探索を試みています。

これは、「エンタープライズ事業を進捗させる」という大きなテーマではエントロピーが大きすぎるため、業界単位に分ける探索とすることでエントロピーの低減を計画しました。

機械学習の世界では、大きすぎるテーマでは良いモデルは生まれづらいです。目的変数を絞った上で、細分化したテーマにおけるモデルを開発することが重要です。

これを上記のエンタープライズ事業開発に当てはめると、「業界」ごとのモデルを開発することに近しくなります。業界ごとに担当を置いて、エントロピーの低減に資するソリューションや提案方法を探索することを目指しています。即ち、細分化されたテーマの中でより良い意思決定モデルを開発することに他なりません。

事業開発、という言葉は抽象的でそれぞれの定義があると思います。私の中での事業開発の定義は、「対象のテーマを細分化して、細分化された領域の中で再現性のある施策を発明すること」です。

おわりに

情報理論の世界は面白く、考え方として現実の意思決定でも応用できる部分がたくさんあります。LLMの躍進もありAI,AIと言われていますが、古典的な統計や機械学習モデルを学ぶことで人間の意思決定に役立つシーンも多くあります。

事業開発に限らず、これらの考え方はキャリアや人生の選択にも役に立つと考えています。キャリア初期は漠然と全てをできるようになる事を目指しがちですが、あらゆる問題に対して最適な汎用的な解法は存在しないことはすでに定理として証明されています。

キャリアや人生でも目指したい方向性=目的変数を仮説であっても選択してテーマを細分化することはエントロピー低減に繋がります。そしてテーマを絞った目指したい方向性にとって不確実性=エントロピーを下げられるような情報収集や意思決定ができると、ありたい姿に近づけるのでしょう。

参考

Hayamizu momokoさんのスライド パターン認識と機械学習入門 | PPT

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