SaaSベンチャーで働くエンタープライズ部長のブログ

SaaSベンチャーでエンジニア→プロダクトマネージャー→エンタープライズ部長として働いています。

これからドメインエキスパートという職種が重要になりそう

2021年はB2B SaaS開発にどっぷり浸かりました。バクラク請求書という経理業務の支払処理に該当するサービスを開発していたのですが、当然のことながら専門業務向けのSaaSになります。

プロダクトマネージャーとしても動いていたのですが、具体的な経理知識が必要になり、経理の方から常にヒアリングを重ねていました。しかし、個社によって事情は異なります。例えば、仕訳の切り方1つにしても教科書的に正しいものと、現場での作業では簡略化して入力するものなどがあり、それらを考えた上での仕訳機能を策定する必要があります。

また、法令改正などの影響によって仕様が影響を受け、ここも理解して開発を進める必要があります。あるべき仕様やペインが何なのか、また法令によってどのような影響を受けるのかを判断できる、経理業務に精通した人間が内部にいる必要を痛感しました。

この内部領域専門家は「ドメインエキスパート」と呼ばれ始め、昨今にわかに重要な職種として雇用されつつあります。

ドメインエキスパートとは

f:id:naomasabit:20220204005140p:plain

さて、ではドメインエキスパートとは具体的に何をするのでしょうか。 開発プロセスやセールス・CSなどのデリバリープロセスにドメイン知識をインストールしてプロダクトやチームの価値を底上げするもの、と定義できます。

例えば、仕様策定時にドメインエキスパートが入ると仕様の議論について解像度が数段階深まります。法務向けSaaSであれば、法務経験者や弁護士に仕様策定に入ってもらうことで仕様の確からしさも上がるでしょう。開発プロセスでも詳細仕様の相談をできることで機能価値の底上げになります。

また、セールス・カスタマーサクセスにおいても、ドメイン知識を注入することでプロダクトを業務フローへのフィットさせる方法の構造化などを行えます。ユーザーからの専門性の高い相談について、業務フロー改善を含めて提案することが可能です。各チームのケイパビリティを強化することができるのがドメインエキスパートの1つの役割でしょう。

SaaS企業によるドメインエキスパートの雇用

受託企業ではあまり起きなかったドメインエキスパートの雇用が専門SaaSで起きています。例えば人事労務領域のSaaSを提供するSmartHR社などでドメインエキスパートが存在します。

tech.smarthr.jp

特定領域での課題解決に特化した専門人材はこのようなSaaS企業では強く求められるでしょう。あまり表には出てきませんが、同様に規模の経済が働くERPパッケージの開発企業でも雇用されている例はあるのではないでしょうか。

SaaS事業に関わってよく思うことですが、SaaSはチームを売ることに近いと思います。プロダクトの改善速度や、業務を改善するカスタマーサクセスチームの専門性なども含めた金額を期間に応じて販売しています。

また多くの企業に提供することで、個別開発では不可能な安価さで提供します。ある種のシェアリングエコノミーと言えるでしょう。そのプロダクト提供チームに業務領域の専門性を持ったドメインエキスパートが入ってくるのは自然なことです。

※バクラク請求書でも募集を出しました

open.talentio.com

コンサル業界の「工業化」に学ぶドメインのソフトウェア化

f:id:naomasabit:20220204002607p:plain

かつて私がいたコンサル業界では、コンサルの「工業化」がおきました。職人芸的なコンサルタントがかつては多く存在しました。

しかし、月単価で売り上げるコンサルビジネスの売上は人数比に相関します。すなわち、人を増やさないと売上が増えません。コンサルビジネスのためには人を増やさなければいけないが、専門性を持った人材は一夕一朝には生まれず、育成には時間がかかります。結果、起きたことはソフトウェアによるコンサルティングの工業化です。

経験の少ないコンサルタントに、SAPやSalesforceといったエンタープライズ向けERPパッケージ/SaaSを導入させるトレーニングを行うことで、顧客に業務を効率化するソリューションを提供し始めました。

SAPには各種業界の業務におけるベストプラクティスがパッケージ化されています。これを組み合わせて各社にフィットさせることで、ドメイン知識や経験値を補うことができました。業務効率化を人依存からソフトウェア依存にさせることで、効率化経験が少なくてもコンサルタント化させていきました。

このようなやり方で大手総合コンサル会社は大量に人員を採用し、5-6年で人員を3倍にする例もありました。(他のやり方も組み合わせつつですが)中世の工業革命で、職人芸を行う工房から工業化が進むことで一気に生産性が上昇したことに近しいと感じました。

この事例は、ソフトウェアにドメイン知識やノウハウを閉じ込められるということを示しています。すなわち、チーム内にコンサルティングや法令対応を行えるノウハウがあれば、汎化したソリューションとしてソフトウェアに落とし込むことができます。

SaaSプロダクトチーム内にドメインエキスパートが存在することで、法令対応や専門性の高い業務についてソフトウェア化して、業務効率化の再現性を高められます。

かつて私の上司であった会計士は「エンジニアなんて使われるだけ、監査やコンサルティングを行うべきだ」と言いましたが、私はこの歴史を知っていたのでむしろソフトウェアにかけるべきだと思いました。「Software is eating the world.」は著名VCが言い出した言葉ですが、コンサル業界で起きたことはまさにこの言葉が表しています。

新しいキャリアとしての選択肢

例えば、会計士、弁護士、社労士などの士業では士業を極めるか、事業会社で経理、法務、総務といった部署に入ることが多くのキャリアパターンとして存在しました。新しい選択肢として、上記に見たように「ノウハウをソフトウェア化すること」という仕事が今まさに生まれています。

ソフトウェアが業務を食っていく限り、ソフトウェア業界におけるドメインエキスパートはこれから専門性を持つ人たちにとってのキャリア選択肢になっていくのではないでしょうか。