SaaSベンチャーで働くエンタープライズ部長のブログ

SaaSベンチャーでエンジニア→プロダクトマネージャー→エンタープライズ部長として働いています。

「ZERO to ONE」 ~リーンスタートアップの対として~

今更ながらピーターティールのZERO to ONEを読みました。ZERO to ONEはPaypal, Palantir 創業者のピーターティールの本で、「はじめに」では「新しい何かを創造する企業をどう立ち上げるかについて書いた本」として宣言しています。 Paypal出身者は「ペイパルマフィア」としてYouTube、テスラ、LinkedIn、Affirm、Yammerなど様々な創造的な起業を果たしており、新たな価値を生み出すための法則や実体験を身近な例から示唆しています。

今年1年の仕事とも通じるところがあり、感想と示唆を記しておきます。

リーン・スタートアップの落とし穴

本書では「リーン・スタートアップ」を批判している点が特徴的です。リーン・スタートアップはこのブログでも過去に取り上げたことがありますが、無駄なく早く検証を繰り返し事業を立ち上げる手法です。本書ではリーンを基盤とする「少しずつ段階的に前進すること」、「無駄なく柔軟であること」はドットコムバブル時にニーズのない製品を売る企業がたくさん現れて消えたことの教訓としてできたものとしています。

本書ではその逆の

  • 「小さな違いを追いかけるより大胆に賭けた方がいい」
  • 「出来の悪い計画でも、ないよりはいい」

を正しいとしています。

リーンは手段ではあるが目的でない

リーン・スタートアップは目の前の課題に対処する短期的な思考になりえてしまう点に警鐘を鳴らしています。「リーンであることは手段であるが、目的ではない」としています。目の前のニーズに求められることはできるが、それは望みたい世界を実現する手段だったのかはよくよく考える必要がある、と。リーンは価値の検証においては効果を発揮するものの、「大胆な計画」がなくリーンだけだとiPhone上でトイレットペーパーの注文アプリを作ることはできてもiPhone自体を作ることはできない、と記しています。

ピーターティールはインターネット上のお金を実現する、という未来を築くためにPaypalを創業して成功させた、つまり「大胆な計画」があったと本書で書いています。リーンは生き残ること、価値の検証を素早く回すための手法です。ただし、ビジョンや実現したい未来地図がなければ手段に振り回されるという話があると解釈しました。

プロダクトマネジメントとZERO to ONE

私もプロダクト立ち上げから拡大まで行ってきた中で、リーンの手法は重要な一方、リーンに囚われすぎると目の前の市場に近視眼的になってしまうと感じることはありました。リーンによって検証された結果をビジネスに落とし込んだとしても、目指したい世界観を描いていなければ、目の前のユーザーニーズに閉じてひたすら改善を繰り返すという罠にはまってしまいます。

拡大期の話ではありますが、似た話を今年罠にはまった点としてpmconfで発表しました。すでにPMFをしているプロダクトでは、「リーンに同じ市場で改善を繰り返すことで近視眼的になってしまい、成長が止まる」という兆候を感じました。同じマーケット・同じユーザーに向かって要望を叶えること、改善をしていくことで成長はするが、これは果たして未来の成長を強固にすることなのか。継続していく成長なのか。悩みながらプロダクトマネジメントをしていました。

メンバーがありたい姿の話を思い起こさせてくれたために抜け出して、新しいPMFを生み出すという方向性に向かうことができました。pmconfでは2年目のSaaSでありながらエンタープライズ企業でのPMFを生み出すことができたと発表しました。「小さな違いを追いかけるより大胆に賭けた方がいい」、「出来の悪い計画でも、ないよりはいい」といったZERO to ONEの言葉はこの経験を思い起こさせました。ZERO to ONEでも「自らの計画と努力によって、よりよい未来を作ることができる」と信じる「明確な楽観主義」を貫くことが重要だと説いています。それは拡大期のプロダクトでも今提供できていないセグメントへの価値提供ができること、目指す世界観を実現できると信じて実行することだと思います。

繰り返しますが、個人的にはリーンの手法は届ける価値を検証するために重要だと思っていますし、現在も使っています。一方でリーンに囚われすぎると目的を見失ってしまうという落とし穴があることも気をつける必要があると痛感しました。プロダクトビジョン、目指したい姿を強く持つことが重要なのでしょう。

www.blockchainengineer.tokyo

隠れた真実を見つけられるか

また、ZERO to ONEでは「隠れた真実」が重要だと書いています。みんなが知っていることは価値がない、目の前にあるのに誰も気づいていない世の中の真実が重要であると。本書ではAirbnb以前には人々はホテル以外に借りられる部屋がある可能性を誰も気づかなかったことを例示しており、「隠れた真実」に気づくことができたならばそれによって大きなチャンスを手に入れることができる、と書いています。

ピーターティール自身のPalantir自体も隠れた真実に基づいているように私は思います。政府向けのデータ分析企業として設立されたPalantirは、スケールやネットワーク効果が重要だと取り沙汰されるインターネット企業隆盛の中、主要顧客を政府や巨大企業に限っており、2020年の上場時の顧客数は百数十社です。モジュールはある程度共通するものの、おそらく各社向けに作り込み非常に高い金額をとっているのだと思います。Palantirはインターネット企業というよりもSIer的な戦略を取って巨額な時価総額になっています。これも隠れた真実に基づいた戦略だと思います。

普段、仕事をする中で「論理的に」考え方が矯正されていくのですが、隠れた真実はおそらくみんなが知っている論理や教科書的な話には載っていないのだと思います。SaaS企業はSIerを代替するという言説が出るが、本当に代替するようなポジションなのか。協業がむしろ大事なのではないか。SaaS企業においては売上の分散が大事と言われるが実は新しい1社で売上を2倍にするようなことは考えられないのか。このようなことを職業としては考えました。

まとめ

「ZERO to ONE」を今更読みましたが非常に良書で今年最も読んでよかった本です。「リーン・スタートアップ」を先に読んでいたのもよかったです。リーンの重要性もある一方、未来創造のための大胆な計画の重要性を強く感じました。プロダクトマネージャーとして、2022年はZERO to ONE的な考え方で動いた局面もありこのタイミングで読めたのは幸運でした。2023年も隠れた真実を常に探究しながら進められればと思います。

※本ブログの引用画像は全てZERO to ONEからになります。