SaaSの営業では、商材ごとに最適な戦略を選択することが重要です。特に、「バリュープロポジション」と「営業の役割」の組み合わせを適切に設計しなければ、いくら優れた営業チームがいても成果は上がりにくくなります。
「SaaS営業」に対して採用やオンボーディングをしてきましたが、バックグラウンドを見ると営業の仕方は様々でした。営業の中でも自社の営業にすぐ適応できる人もいれば、ある商材で通用した営業方法が別の商材では通用しなかったりと悩む姿を見てきました。
本記事では、SaaS商材を4つのバリュープロポジションに分類し、それに応じた営業アプローチを整理した上で、営業の育成トレーニングの整備についても具体的な方法を紹介します。
- 1. SaaS営業の2つのスタイル
- 2. SaaSのバリュープロポジション4分類と営業手法への関係性
- 3. 営業にデモや詳細説明の役割を持たせるか
- 4. SaaS営業の4象限
- 5. 営業の育成トレーニング整備
- 6.まとめ
1. SaaS営業の2つのスタイル
SaaSの代表的な営業手法に プロダクトセリング と ソリューションセリング の2つがあります。
プロダクトセリング
- 顧客がすでに課題を認識している場合、商材の機能や価格をストレートに訴求する手法です。
- 例えば決済サービスで「今より安い手数料で同じ決済機能が使えます」と明確に訴求するといった手法があります。
ソリューションセリング
- 顧客がまだ課題を明確に理解していない場合、営業が課題を顕在化し、解決策を提案する手法です。
- 例えばSFAでは営業支援ツール「御社では営業メンバーがExcel管理しており、情報共有の非効率性の課題が現場から上がっています。現状では非効率ですが、SFAを導入すると組織の営業力を強化できます」と提案する手法があります。
プロダクトセリングはプロダクトアウト、ソリューションセリングはマーケットインの売り方です。(※プロダクトアウトは自社の強みや技術力を活かした製品を市場に提供するアプローチ、マーケットインは顧客のニーズや課題を起点に製品を提案するアプローチ)
加えて、ビジョンセリングという、今後を見据えたビジョンを訴求する売り方もあります。顧客が現時点で課題を感じていなくても、将来的な変化や業界トレンドを提示し、製品の必要性を訴求する手法です。
例えば、AIを活用した自動データ分析ツールで「今後、データドリブン経営が求められる中で、今のうちにBIツールを導入しないと競争優位性を確保できません」といった未来志向の訴求をするような手法です。ビジョンセリングはプロダクトアウト寄りのアプローチであり、プロダクトセリングと共通する性質を持ちます。 ただし、現時点の課題解決ではなく、将来のトレンドを見据えて製品の必要性を訴求する点が異なります。
2. SaaSのバリュープロポジション4分類と営業手法への関係性
SaaSのバリュープロポジション4分類
SaaS商材は、その価値提供の観点から下の4つに分類できます。
カテゴリー | 価値の中心 | 例 |
---|---|---|
ビジネスクリティカル | プロダクトがないと業務が成り立たない。人員削減によりライセンスが減ってコスト削減の可能性もある。 | 会計システム、勤怠管理、ERP、決済システム |
コストカット | サービス導入によりコスト削減が実現し、P/Lに影響を与える。 | 還元のあるビジネスカード、既存より安価な類似ツール |
グロース | IT投資により売上成長の可能性がある。ただしROIが明確でないケースも多い。 | 営業管理、マーケティングツール |
業務効率化 | DX推進による生産性向上が目的。工数、時間を短縮することはできるが、IT投資に対して売上成長との直接的な相関は薄い | 経費精算ツール、請求書処理ツール、タスク管理、チャットツール、会議ツール |
この4分類はKen Wakamatsuさんに教えてもらいました。商材のバリュープロポジション毎によって売り方が異なる点が重要です。次の節で説明します。
商材と「課題合意」の関連性
ビジネスクリティカル、コストカットのバリューを持つ商材は課題が自明です。例えば勤怠や決済システムがビジネスを成り立たせるために必要なこと、コストカットにおいては導入したら費用が削減できることは自明です。そこに時間を割くよりも、常に関係を持ってシステム入替タイミングを逃さないとか、バイヤー企業の組織力学を解明してキーマンを探すとか、関係者とリレーション構築を行なってカバレッジを上げる等も重要になり得ます。
一方でグロースや業務効率化は課題が自明ではありません。導入したら即効果が約束されるわけではないからです。SFAを導入してどのように営業活動に活かすかや、現状の業務負荷をどのように解決するかなどの課題を発掘する必要があります。つまり、グロースや業務効率化がバリューの商材は、顧客と課題合意のプロセスが必要です。特にSaaSにおいては商談の初期で先方の業務を整理して、解決したい課題を合意することが重要です。
「課題の発掘、課題合意のスキル」が営業に求められるかどうかが商材によって異なってて、これが大きな違いです。例えばドメインが経理領域で同じであっても、ビジネスクリティカルをバリューとする会計システムと、業務効率化をバリューとする経費精算システムでは営業方法が異なってくるというのが私の考えです。
※ここではあくまで相対的な話をしており、規模の小さな商談ではグロース商材でも課題合意せずに数をこなす方が効率的であるとか、ビジネスクリティカルの商材でも詳細まで課題を合意する売り方があるとかの反論もあると思いますが一旦ここでは置いておきます。
3. 営業にデモや詳細説明の役割を持たせるか
営業にデモや詳細な商材説明を担わせるかどうかも、組織によって変わってきます。「製品営業」であってもデモや商材説明をしないというパターンもそれなりに存在します。このような場合はプリセールスが役割を持っています。
営業にデモや詳細説明の役割を持たせない場合
- プリセールスが詳細説明を担当し、デモも行います。
- ERPなど仕様が複雑で、専門的な知識が求められる商材で、プリセールスが詳細な説明を担当する布陣を組んでいる場合があります
- また、規模の大きな企業を対象に高単価商談の場合は営業にプリセールスをセットで付けることができるため営業とプリセールスで分業している場合があります
- このような布陣では営業はビジョン訴求や組織力学の解明、調整に集中します
営業にデモや詳細説明の役割を持たせる場合
- 営業が製品の詳細まで理解し、自らデモを行います。
- 例えば、営業支援ツールで導入の決め手にUI/UXのわかりやすさを訴求する場合、営業が直接デモを行い、顧客が「使えそう」と思える体験を作ることもあるでしょう
- また、営業にプリセールスをセットで付けられるほどの組織体力がない場合は営業が製品の詳細説明やデモも担当します。
※稀に、「何でもできる製品」(広いカスタマイズが可能)であれば、一周回って営業段階では製品理解が不要ということがあり得ます。
4. SaaS営業の4象限
SaaS営業の4象限
営業の役割は、以下の2軸で整理することができます。それぞれ縦軸・横軸で求める役割がある場合です。
デモや製品説明を行わない | デモや製品説明を行う | |
---|---|---|
課題合意を行う (グロース・業務効率化商材) | ① プリセールス共存型 製品理解はプリセールスに任せる。課題把握と調整を主に担当し、課題の解決策はプリセールスに任せる。 |
② 単独ソリューションセリング型 顧客の課題を把握、製品理解が共に必要。課題把握も、解決策の提案も営業で行う。 |
自明課題に訴求する (ビジネスクリティカル・コストカット商材) | ④ 自明課題の訴求型 他社と訴求する課題が類似するのでビジョン訴求、組織力学把握や関係性構築にスキルなどのスキルを伸ばす。製品詳細はプリセールスへ任せるか導入後にCSへ。 |
③ プロダクトセリング型 自明な課題(安くしたい、システム化が必ず必要)に対して製品デモや解決策を詳細まで伝える |
営業自身のメタ認知を促す効果
つまり、一言にSaaS営業と言っても「組織スタイル」と「商材」によって求める役割が変わってきます。
営業は成果が出なければ数字で跳ね返ってくる負荷の高い仕事です。これまでやってきたことが通用しない、という場合に原因がわからないとモヤモヤしてしまいますが、4象限で組織として 求める営業スタイル(4象限のどこに位置するか) を定め、それに対して営業自身には現状や培ってきたバックグラウンドをメタ認知してもらうことで対応方針や気持ちの整理もしやすくなるはずです。
5. 営業の育成トレーニング整備
組織として求める営業スタイル(4象限のどこに位置するか) を定め、自社で活躍してもらうための軸を補完するトレーニングを整備することが重要です。
縦軸を伸ばす課題把握トレーニングの整備
「課題合意が必要な営業スタイル」(① プリセールス共存型、②単独ソリューションセリング型)を組織として求める場合は、顧客の課題を的確に捉え、適切な提案ができる能力が求められます。
営業プレイヤーが③、④の象限にいる場合は課題把握トレーニングが必要です。私のOJTの実例として商談の前と後に、顧客の課題仮説、原因、製品に求める解決策の3点を整理するようにしました。例えば、以下のような内容を商談の事前情報から仮説を作ってもらいます。
- 顧客の課題仮説(例:経費ルールの誤認識による申請ミスが多発している)
- 原因(例:全員が日頃から経費精算を実施しているわけではないので経費ルールが正しく認識されていない)
- 製品に求める解決策(例:経費精算時にルール違反のチェックを自動で行う)
その後、商談中に得た情報で課題仮説をブラッシュアップしながら、顧客と課題合意をします。業務効率化・グロース商材は課題合意を行うスキルが上がれば勝率が上がります。
横軸を伸ばす製品理解トレーニング(Product Enablement)の整備
「営業がデモや詳細説明を行うスタイル」(③ソリューションセリング型や④プロダクトセリング型)には、製品の深い理解が必要です。
課題合意をできても、製品理解ができていなければ解決策が思いつきません。合意した顧客課題、あるいは自明の課題に対して製品でどのように解決するかを提案できるように製品理解を深めることが重要です。
私が実際にトレーニングしてみた際には、LLM(大規模言語モデル)を活用して、顧客課題に関する製品に関する質問を大量に作り、一問一答的にデモと製品詳細を行うようにさせました。例えば、以下のような質問を作り、営業に回答とデモをしてもらうトレーニングを行いました。
「当社では出張経費の精算において、宿泊費の上限金額を設定したいと考えています。具体的には、東京・大阪・名古屋の大都市圏では1泊15,000円まで、その他の地域では1泊12,000円までとし、それを超える場合は上長の承認を必要とする運用にしたいです。このような条件分岐を含む経費精算ルールを御社の経費精算システムで設定することは可能でしょうか?」
実際、製品検討中の顧客からの質問でこのような質問は多くきます。これにより、多様な顧客課題が出てきても対応をできる環境を整えています。実際にトレーニングを受けた営業は製品理解が強化できて自信を持ち、何の課題を解決できるかがわかったために課題合意のスキルも向上するという副次効果もありました。
自社が求めるのが「④自明課題の訴求型」の場合は別軸のトレーニングを
最後に、営業に求めるのが「④自明課題の訴求型の場合」は、ビジョン訴求、組織力学把握や関係性構築などなど別軸のスキルが重要になってきます。これは案外No.1シェア製品などであるパターンです。(圧倒的なコストカットが可能、圧倒的に安定稼働ができる実績など)
この象限の場合プリセールスで製品詳細説明も補完できる体制であるため、営業に求めるスキルやトレーニングもそのようなビジョンセリングのトレーニングであったり組織力学把握となったりすると思われます。
6.まとめ
- 「商材」×「組織体制」によって、求められる営業スキルは大きく異なります。
- 組織が求める営業の役割を明確にし、適切なトレーニングを提供することで、営業成果を最大化できると考えています
- 営業自身が自分の強み・弱みをメタ認知し、伸ばすべきスキルを理解することもトレーニングの意義を理解し、前向きに取り組む基盤になり得ます
今も試行錯誤していますが、メタ認知を促すフレームと適切なトレーニングを用意することで組織基盤が強化されると考えています。