昨年、グローバルSaaSのCMOの話を聞く機会がありました。時価総額は3兆円を超えるSaaS企業です。この時、マーケティングの前提としてプロダクトへの向き合いを重視していたことが非常に興味深く感じました。当時の議事メモから有用と思った内容をこのブログに残します。
CMOが語った「マーケティングの前にプロダクト」の話
以下、箇条書きはCMOの話です。
「プロダクトの品質はマーケティングの前に重要です。マーケティングは、プロダクトがすでに一定の品質と価値を提供している場合にのみ、その効果を発揮します。シリコンバレーでは一時期、マーケティングで全てを解決できるという考え方が流行しました。しかし、ほとんどそれは失敗に終わりました。」
「プロダクトが不十分な場合は、マーケティングにあてるリソースをプロダクトの改善に集中させるべきです。プロダクトが不十分な状態でマーケティングを強くしてもどうにもなりません。」
「またプロダクトへ向き合うことは、開発チームに全てを任せることを意味しません。市場への進出にあたり、初期の顧客を選ぶ際には、その顧客のニーズに合わせた機能を開発し、共同でプロジェクトを進められる企業を探すことが重要です。初期顧客との共同開発を行えるようにすることがビジネスチームとしては重要なのです」
「『初期顧客のために新しく作る機能が他の顧客に対しても汎用性がある』という前提で、SaaSを進化させるため、一緒にプロジェクトとしてやってくれる共同開発パートナーとしてみなすことが重要です。共に機能を作り、共にカスタマーサクセスを実現できると、その顧客はファンとなり、他の潜在顧客へのマーケティングをしてくれるパートナーとしても成立します」
「プロダクトに向き合う話のほかに、企業の成功において市場へのポジションの伝達は不可欠です。これを達成する上で最も重要な要素の一つが、メッセージの一貫性です。CEOからマーケティング、セールスまで、組織内のすべての声が一致していなければ、メッセージは曖昧になり、結果的に顧客の不信感を招くことになります。例えば、コカ・コーラはその歴史を通じて一貫したメッセージングを維持しており、それがブランドの信頼性と親しみやすさを高める要因の一つとなっています」
「人はシンプルなものを好みます。複雑なアレもこれも、というメッセージよりはシンプルなメッセージが望ましいものです。とはいえショートメッセージだけではポジションの伝達が難しいこともあるので、カテゴリ、メッセージ、タグラインという3段階などで粒度を変えた内容を作ることが有効にもなりうるでしょう」
「セールスやマーケティングチームが製品の背後にある技術的な知識を持つことは、顧客との信頼関係を築く上で極めて重要です。セールスやマーケティングもプロダクトエンジニアリングチームと同じレベルで背後のテクニカルな話も話せるべきであると思っています。
「セールスチームがプロダクトの機能に関するデモを行えるレベルの知識を有することは、強力な販売戦略の一環となります」
自身が実際にエンタープライズ事業開発において活かしたエピソード
私自身がビジネス、開発両方の立場を経験しているため、機能が足りなくてもとにかく売る事に力点を置くのか、とにかく作ることに力点を置くのか、どちらの観点で立つのがいいのか悩ましいと思っていました。この言葉で悩みが消えた記憶があります。そうして「プロダクトを育てながら売る」ことを実践していきました。
エンタープライズ企業向けの事業作りを始めたころ、SaaSとして機能が足りないことがしばしばありました。 1000人を超える従業員の方が使うようなSaaSにおいて機能が足りない製品を選んでくれることはまずありません。無理に押込販売することはできるかもしれませんが、サクセスはせず結局初期契約期間だけしか使われないことは明白です。
ただし、何社も営業活動を行うと、機能は足りずとも良好な反応をしてくれる見込み顧客は一定存在します。「これがあれば検討できるのだけど」と検討土台に乗せてくれそうであれば、「開発チームを巻き込んで検討させてください」と伝えて「仕様を作ったり、開発環境で作ったものを見ていただきながら一緒に開発していただけませんか」と正直にお伝えしました。エンタープライズ企業の製品導入においては、製品選定から導入まで半年や1年かかることが多くあります。その間に、少々の機能不足は開発をコミットして一緒に育てる、そのような動きを行っていきました。開発機能が国内にある日系SaaSならではの動きです。
もっとも、開発が間に合わなければ大きな迷惑をかけてしまうのでその場合のコンティンジェンシープランを持つこと、プロジェクトマネジメントをきちんと行うことなどは強く注意を払っていました。このような「開発をしながら販売する」動きは増やしすぎるとどこかで破綻するので数社だけで丁寧に進めていました。こちらにもエピソードは載せています。
まとめ
去年話を聞いた時、グローバルSaaSのCMOから「マーケティングよりもまずプロダクトである」という言葉が出てきたことが衝撃的でした。全体を広く見ているからこそCMOとしての役割を任せられているのでしょう。マーケティングやセールスとしても「プロダクトに向き合う」ことはでき、「一貫したメッセージ」をマーケティングで伝えていく重要性を説いていました。
実際にセールス、マーケティングは売るだけではなくプロダクトを育てる仕事でもあるということも実感しています。CMOが語った、メッセージの一貫性やセールスが技術的知識を持つことなど、まだ活かしきれていないことはあるので道は遠いと思いますが、振り返りながら実行していこうと思います。